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たくさんのご縁ー追悼 灘本唯人イラストレーション展 [アート]

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HBギャラリーの唐仁原教久さんとの出会いから始まり灘本唯人先生、そしてたくさんの一線で活躍するイラストレーターのみなさんのおかげで今のプリズムはあります。

初日にも書きましたが、そういう大切なみなさんの作品とともに灘本先生をお送りするのがプリズムらしい追悼展かと思いこういう形にいたしました。

ずっと活躍し続けているみなさんの作品を観ていると本当に素晴らしいご縁をいただいたのだと改めて身の引き締まる思いです。

いつもの会期より1週間長く、GW中もプリズムは営業していますので灘本先生の作品だけでなく他の作品もお楽しみください。

こちらはどなた?ー追悼 灘本唯人イラストレーション展 [アート]

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灘本唯人先生は映画も音楽も詳しく、若い方もよくご存知でした。

私、残念ながらそういうことが疎くてこの絵の人物がだれなのかわかりません。

どなたかお詳しい方お教えください。

ミュージシャンかなとも思うのですが・・・

とにかく灘本先生の人物に対する興味は尽きなかった。鋭い人間観察があったからこそ一本の線でその人物の本質まで表現できたのだと思います。

心にしみる言葉ー追悼 灘本唯人イラストレーション展 [アート]

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先日も灘本唯人先生はイラストレーターという職業を確立したお一人としてたくさんの人を導いて来たことを書きました。今日もそんなエピソードです。

イラストレーターのAさんから聞いた話です。
当時Aさんは家庭に大きなことを抱えていて大変な思いをなさっていた時に、東京で個展を開くことのなったそうです。制作に十分な時間と心がかけられなかったのか、作品は納得のいくできではなかった。たまたまご本人がいらっしゃらない時に灘本先生がいらして「こんな絵を描く人じゃない」と言って帰られた。あとでそれを聞いたAさんはすぐに先生のアトリエに行って家庭の状況をおはなしになったのです。すると先生は「あなたの家庭の事情はわかります。よくがんばっているね。だけど、言い訳を作品に書くわけにはいかないんだよ」と優しくおっしゃったそうです。厳しい言葉ではありますが真実です。この時ばかりは涙が止まらなかったと。Aさんは以後肝に銘じているとのことでした。
先生は本当にとても暖かいですから、Aさんの状況の厳しさもわかっていてそれでも言わなければならないと心を鬼になさったのです。Aさんの心にちゃんと伝わることがわかっていての言葉だったと思います。

ギャラリーにいると、先生を慕ってこの展覧会を観に来てくださる方がたくさんいらっしゃいます。そんな方々からこういう素敵なお話を度々伺うことができて幸せな時間です。

時代物だって・・・ー追悼 灘本唯人イラストレーション展 [アート]

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昭和の空気も女性の色気も現代の若者の可愛さも描ける灘本唯人先生。時代物だって。

これは小説の挿絵のようですが、そのあらすじはわからなくてもこの場面の人間関係はこれだけで十分伝わってきます。不機嫌そうな女、何かまずいことがあった態の男、素知らぬ振りの旦那風情。それぞれの表情をさらりと描くところがさすが灘本先生。こういう表情は時代に関わらず人間の普遍です。そういう本質を先生の感性は見逃さない。

いったいどれほど描いたのだろう。今となっては何も聞くことができないのが残念です。

OH!Brad Pitt!ー追悼 灘本唯人イラストレーション展 [アート]

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若き日のブラッド・ピット。
「ブラピ様」なんて騒がれていた頃です。

灘本唯人先生は、その時代が求めていた物事も敏感でした。
ブラッド・ピットの魅力を知ってこそ、この絵です。

この絵を描かれて頃、先生は70才をこえていたはずです。その感性の若さには驚かされます。
それはたんにイラストレーターとして知っていなければならないという使命感とは違うように思います。ハイカラさんだった灘本先生の本質なんだと思います。

90歳になってもお仕事をされていたという灘本先生。
そういう方だったからずっと現役でいらっしゃったんだと思います。

神戸生まれのハイカラさんー追悼 灘本唯人イラストレーション展 [アート]

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昭和の泥臭さを描けるイラストレーターだったと昨日のブログには書きましたが、灘本先生は神戸生まれのとてもハイカラな方でした。

歌がとてもお好きで、歌手になろうかと悩んだ日もあったそうです。ですからお飲みになるときに閉めはカラオケということが多かったようです。演歌もお唄いになりましたが、シャンソンも素敵でした。カンツォーネも唄われたようです。やはり神戸のおしゃれな産湯を浸かられたからなのでしょうか。

ダンスホールに入り浸った時期もあったようですし、映画もお好きだったと聞いています。フィギュアスケートだってお得意だったとか。

だから当然おしゃれな絵だってたくさん描きました。

いろんなものが先生の中に詰まっていたからこんなふうにいろんな絵が描けたのでしょうね。
人に対してもいろんな物事、特に文化に対しては好奇心が旺盛だったんだと思います。

たくさんの友達ー追悼 灘本唯人イラストレーション展 [アート]

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灘本唯人先生はとにかく交友関係が広い方でした。
イラストレーション界の人たちは当然のこと、芸能人の方にもお知り合いがたくさんいらっしゃいました。

とにかく人に対して分け隔てのない方だったのがその理由だったのかもしれません。

初めてプリズムで個展をしてくださった時のことだったと記憶しています。
当時、そう20年ほど前のことですが東京のイラストレーターで句会がありました。プリズムオーナーの高北幸矢もメンバーに入れていただいていました。灘本先生のおかげだったんじゃないかと思います。
先生が名古屋で個展なんだから句会を名古屋で開こうということになり東京からそうそうたる顔ぶれのイラストレーターが大挙して名古屋にやってきました。それだってすごいことだったのです。地方のギャラリーで個展というのにみなさんがきてくださったのは先生の人徳のおかげでした。
その句会のメンバーに渥美清さんが入っていらっしゃいました。その渥美さんまで来てくださったのです。名古屋の皆さんもびっくりの出来事でした。

芸能人と知り合いだからってミーハー的な意味で行っているのではありません。
あの方達はどうしても特別な人として世間は接します。でも先生はとにかくそういう方にも特別扱いはなさいません。極当たり前の人間関係を作ることが信頼を得ていたのだと思います。

どんなに若い方でも一生懸命に絵を描いている人の展覧会はマメに観てくださいました。観てもらった方がびっくりすることも度々あったようです。名古屋のイラストレーターでもそういう方は何人もいらっしゃいます。

そういうかただからこそ、いろんな人物を描くこともできるのだと思います。

昭和の香りー追悼 灘本唯人イラストレーション展 [アート]

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灘本唯人さんは挿絵の仕事も多く、とりわけ昭和の場面を描くことが多かったようです。

「昭和」という時代のエネルギーと猥雑さをこんなに見事に表現するイラストレーターはいなかった。
どちらかといえば描きたがらない方も多かったのではないかと思います。おしゃれで夢見がちな絵が描きたいと思うのは当然といえば当然。だってデザインやイラストレーションっておしゃれな世界のはずなのだから。でも先生はちょっと泥臭い「昭和」を描く。あの当時の匂いや湿度や温度まで描いている。

挿絵の原画も何点か展示していますので是非じっくりご覧ください。

とても素敵なことがおきましたー追悼 灘本唯人イラストレーション展 [アート]

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昨日の追悼展初日のオープン時間に1本の電話が入りました。灘本先生のご遺族の方からでした。たまたま東京から関西に出張中ネットでプリズム展を知ったのでよってくださるとのことでした。

私たちは先生の御家族がどのようだったのかほとんど知らなかったのでお知らせすることもなくこの展覧会を企画しました。

お出で下さったのは若い男性で堀川さんとおっしゃいました。いろいろないきさつがあって現在堀川さんが残された作品の整理や管理をしていらっしゃるのだそうですが、生前親しく行き来はあったもののイラストレーション界のことも交流関係も知らずとても戸惑われたそうです。

ご自身のお仕事もある中現在も残された作品を最善の形で保存できるよう奮闘なさっています。
そんな中偶然展覧会のことを見つけてくださったようです。

先生に「ここに行きなさい」と誘われたような気がしますともおっしゃいました。また「ここに叔父がいるようにさえ思います」と。

先生は展覧会が好きだったからきっと喜んでいるともおっしゃっていただきました。
明日のギャラリートークではそんな灘本先生を偲ぶ会になると思います。きっとぬるいビールを片手に先生も会場にいらっしゃることと思います。みなさんも是非先生の作品に会いにきてください。(午後5時から)

追悼 灘本唯人イラストレーション展ー初日 [アート]

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昨年7月19日昭和の偉大なる人物が亡くなりました。イラストレーション界の長老灘本唯人さんです。
灘本さんはイラストレーターという職業を日本に根付かせた1人。作品はもちろんのこと職業人としてどう生きるべきかをあとに続く人々に本気で教えてくださる方でした。「長老」という言い方がぴったりな本当に大きな存在でした。

灘本さんは「名古屋」という地方都市のイラストレーション界にも温かい心で見守ってくださいました。プリズムでも何度も個展を開いてくださったり、宇野亜喜良さんとの二人展や「銀展」というプリズムオリジナルのテーマ展にも主役として参加してくださいました。

プリズムなりのお見送りをずっと考えてきました。今回灘本さんの作品と灘本さんとともに時代を築いたイラストレーターのみなさんの作品を飾り追悼展といたします。

たくさんの方々に作品を観ていただきたく思います。

4月22日(土)午後5時からプリズムオーナーの高北幸矢によるギャラリートークを開催します。灘本先生のたくさんの思い出をみなさんとともに語り合いたいと思います。是非お出かけください。(予約不要・入場無料)
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